「LSI札幌クリニック」最後のブログです

              いつも当ブログをお読み頂き有難うございます。
              このたび、諸事情により、本日をもって
              「LSI札幌クリニックの日常」を閉鎖することにしました。
              長い間のご高覧を心から感謝いたします。   河合裕子


 当LSI札幌クリニックは、これまで社会医療法人カレスサッポロという医療施設の元で医療事業を行っていましたが、10月1日より別法人に移ることになりました。
 
 これまで私は、LSIの中のことや法人内の私が以前に勤務していたHO記念病院そのほかの施設のこと、私自身のことなどをつれづれなるままに書いてきましたが、10月からはLSIはカレスサッポロの一員ではなくなります。

 というわけで、本日をもって社会医療法人カレスサッポロ「LSI札幌クリニックの日常」を閉鎖することにしました。

 これまで4年半にわたり書いてきました520本の拙いブログに、のべ50000余りのアクセスがあり、お読みいただきました。本当にたくさんの方々のご高覧を心から感謝いたします。


 どうも有難うございました。

Hoppo4


                                   hata.

 

 


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2回目のザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団

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              このたび、諸事情により、9月20日をもって
              「LSI札幌クリニックの日常」を閉鎖することにしました。
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モーツァルトといえば、もうずいぶん前の映画、「アマデウス」。軽薄なモーツァルトと宮崎美子に似た妻コンスタンツェが思い出されます。


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このオーケストラ、ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団は、1841年、モーツァルトの寡婦コンスタンツェの援助のもとでザルツブルグの地元の人々によって創設されたオーケストラが前身だそうです。


今回はピアノ協奏曲があり、若いピアニストと共演。

モナ=飛鳥・オット、20歳。両親はドイツ人と日本人だそうですが、彼女の容姿はまったく日本人。長い黒髪は最近の日本人より日本的か。すごくほっそりしているのに、力強くピアノ協奏曲21番を弾ききってくれました。


このところ、当LSIには若い職員が数人入ってきています。経験の少なさを危惧する声もないではないのですが、テキパキニコニコ仕事を覚えようとする彼女たちを見ながら、

河合 「若いわねえ…」
OM看護主任 「若いっていいですねえ…」
河合 「若いってなんでもできるよねえ…」
OM看護主任 「羨ましいですねえ…」
 
と、河合とOM看護主任はつぶやいているのです。


若いって、いいなあ…。

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ウィーンの森 バーデン市劇場 オペラ「カルメン」

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チャンチャーカチャンチャン、チャカチャカチャ~ン♪
チャンチャンカチャ~、チャンチャンカチャ~♪

チャ~チャチャチャチャカチャカチャ~♪


…はっ!私ってば! 

「いったいいつまで歌っているんですか!」とOB事務長に叱られちゃう。


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オペラ「カルメン」を見るのは3回目です。大好きだから、というより馴染んでいるから。

興行的にアタリそうにない地味なものや無名なものは、kitaraのような大きい舞台にかかることはありません。そうするとマイナーオペラの観劇の機会は失われ、有名なものしかかからなくなり、次第に飽きられて観客が少なくなっていく…。まずい展開。

今回のカルメンは、字幕スーパー付き。
舞台の両端に高さ3mぐらいの細長い黒い箱?が立ち、舞台上の人々が原語で歌ったり話したりすると、即座にそこに日本語訳や説明文が投影される仕掛け。

「あぶないって忠告されたさ」←北海道弁?

「まだ終わったんでないんだ、カァルメン」

「嫌さ!時が来たね!」

「ひと思いに刺したらどうさ、いっきに刺しな!」


なんていう、戦前の岩波文庫(イメージです)のような文体、可笑しくて。ヒロインのカルメンはタバコ工場の女工、恋人のホセは落ちこぼれ兵隊。きっと原語でもこういう蓮っ葉なセリフなんでしょうね。


はっ!カァルメン以外のオペラも見たいものさ!

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今年3回目の神戸

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金曜の夜の便で、神戸に行きました。

医療用の放射性医薬品を使う検査を行い、脳の血流と代謝機能を診断することができます。血液の流れ具合と働きっぷりがわかるってことですね。


当院でも毎日その検査と診断を行っているので、「ブレイン・ファンクション・イメージング・カンファレンス」という研究会に、最新の知見を勉強に行きました。

「認知症」という病気は、「アルツハイマー型認知症」「レビー小体型」「前頭側頭型」「血管性」など、原因によっていくつかに分類されるのですが、なにしろ高齢者に起こる病気でありますから、アルツハイマー型と動脈硬化による血管性が一緒になっていることも少なくありません。

ですから、「混合型認知症」という広い呼び方と考え方があるんですよ…というお話から始まり始まり。


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参加者1130名余りという、久しぶりに大きな会場での研究会でした。
それにしても、難しいことを研究している人々って本当にたくさんいらっしゃるのですねええ~~。

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いつも宿泊するのが同じホテル。
2月に来た時、部屋からは遠く神戸市街が見えましたが、今回は反対方向。

右手下から真っすぐ伸びるモノレールは途中で左に曲がり、右を向いてから海を渡り、はるか正面に左右に長く見えるのが神戸空港です。

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LSIにいよいよ電カルが!

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10月1日から、当LSIにも電子カルテが導入されることになりました。
取りあえず、デモ機の設定とレクチャー。

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      右の3つが電カル用3点セット。一応置いてもらったけど、
      これじゃ患者さんの顔を見ながら打ち込むって無理。

数年前に勤務していたHO記念病院でも、ある時から、オーダリングシステムというPCで仕事を進めることになりました。


当時のSA医局長に、


「まず、患者さんの処方内容だけ入れましょうね~」

「それから、次回の外来予定日も入れてみましょうね~」

「もしかしたら、心電図やレントゲン検査の予約も入れられますね~」


…と、騙されて(?)、医師は次々と自分でPCに入力することに。

これじゃまるでサーカス団員。
「ちょっと玉乗り、やってみましょうね~」
「上手上手。次は綱渡りですよ~」と同じ?


これ以上は出来な~い、もっと増えたら病院辞めるぅ~と嫌がっていた私でしたが、いつの間に人並みにPCに入れられるようになりました。


4年半前、HO記念病院から当LSIに異動してきたら再び紙運用で、これはヨカッタ♪と思っていたのです。

ところが、この10月からのLSIは、オーダリングシステムに加えてカルテまでPCで。
私は、本当は紙と鉛筆が好きなんです。
やって行けるでしょうかあ~~、この私が~~(泣)。

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大阪のあと、築地に行ってきました。

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大阪市内の会場での学会のあと、また大阪駅に戻り、伊丹空港までのバス乗り場を探してあちこち聞いたり走ったり。


知らない街で、知らない場所から出発する乗り物に乗るために、時間を逆算して移動するのってアタマ使って刺激になります。しかも周りは知らない言葉使っているし~。大阪って外国ですわ。


伊丹空港から羽田に移動の予定…が、羽田の豪雨で発着が軒並み遅れ、伊丹発も1.5時間の遅れ。したがって羽田から横浜の実家に着いたのは23:00過ぎでした。バッタリ…。

土曜は築地の国立がん研究センターでPETサマーセミナーを聴講しました。

大阪より東京の方が暑かったのは建物の中の温度設定が高いからだと思います。大阪では空港もJRも涼しかったけど、築地の会場の暑いの何の、首筋に汗がツー…って何年振りでありましょうか~。

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           ↑
          会場で座ったら、一人に一つ、この扇子。
          「おおっ、ジーメンス(ドイツの医療機器メーカー)製の扇子か」
          …なわけはない。人力で涼しくしてねって意味ね。


日曜もプログラムは夕方まであったのですが、あまりの暑さに午前中でギブアップ。早い便に振り替えて、札幌に逃げて帰ってきました。

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      ↑
      羽田空港。いい天気。

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大阪に行ってきました

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大阪の日本人間ドック学会のあと築地のPETセミナーと、学会のハシゴ。

まず、大阪編。

札幌→(JR)→千歳空港→(ANA)→関西空港→(JR)→大阪駅。もぉ~座ってるの疲れました。


関空から大阪へ行くとき、JRの切符売り場の前で、隣に立っていた人が怒鳴っていました。中国語でした。

切符売り場の前+人+大声=「*に行くにはどうすればいいんだぁ~~?」でしょうけれど、私には路線がわからないので、助けてあげられない。


実は切符売り場とは広い通路を挟んで自動改札口があり、そこではJRの女性改札係がお客に向かい、「アリガトーゴザイマシター」と機械のように怒鳴っているのです。

■以下、河合の妄想…。

   ↓

ツカツカツカ!と改札係に詰め寄る。

   ↓

「あ、の、ねえ~!そこでアナタがお礼を言ったって、自動改札を通って行くお客はなんとも思わないわよ。それより切符売り場の前、見てごらんなさいよ。どうやって切符買うかわからない人がいるのよ。あっちに立って聞かれたことに答えたほうが有用だってことがわからないの?そのパッチリお目目でいったいなに見ているのよ、え~っっ?」
   


だがしかし。…言えませんでした。言えませんよ。
私は、中国語の怒声と高らかな声を張り上げるJRお姉さんの横を通って、しずしずと自動改札を通過したのでした。

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       ↑
       大阪のJR路線図。知らない地名。はるばると来つるものかな。

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庄野

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ずっと探していた、歌川広重の「東海道五拾三次」の大きな画集を買いました。

「東海道五拾三次」は、江戸と京都を結ぶ東海道にある53ヶ所の宿場、出発地の日本橋、到着地の京都、合わせて計55枚の宿場ごとの風景を浮世絵に仕立てた揃いものです。

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46番目、庄野。庄野は今の三重県鈴鹿市にあります。


「白雨」=夕立という題名がついている通り、突然の雨と風に走り出す農夫と風にあおられる旅人、坂の反対側には駕籠かきと筵で雨をよける人が描かれています。


背景に繰り返されるのは、風雨に音立てる竹。手前は竹が一本ずつはっきりと摺られていますが、後方の竹藪は雨に煙って濃淡のシルエットでしか見えません。


突然の天候の変化に戸惑う人々の動きと景観がぴったり合った、印象的な一瞬を切り取った一枚。「五拾三次」の中の最高傑作といわれる所以です。


この浮世絵がつくられたのは1830年前後です。この時に東海道という道があった。この道を人々は歩き、河を渡り、茶店で休み、山を見上げ、突然の天気の変わりように慌てた。180年後の、全く今と同じように。

風景が変わっても、同じこの場所に人は同じように生きているのだと思わせられるので、私ははるか昔の風景が描かれたこのシリーズが好きなのです。

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信・望・愛

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 「信・望・愛」は、前回も書きましたが横浜の私の母校、「聖ヨゼフ学園」の建学の理念です。


 Yo


 1学年は90名。12年間、2クラスしかありませんので、一緒のクラスになったことのない同級生はいません。

 ヨゼフでは、「ごきげんよう」と「おそれいりました」が普通の挨拶でした。


  おはよう=「ねえ、ごきげんよ!昨日、ノート忘れてったでしょ」
  ありがとう=「わ、やっぱりそこだったんだー、恐れ入りました、よかった」

  さようなら=「帰り、喫茶店寄っちゃう?内緒だよ、ンじゃね、ごきげんよ」
         「へへっ、いけないんだー、じゃ、ごきげんよう」

 と、少々お行儀の悪い場面でも当たり前に使っていました。今でも、同窓会などでヨゼフ生と会うと、自然に口を衝いて出てきます。

 神父様やマスール、先生方に愛されて過ごした子供時代。笑ったり泣いたりしながら親兄弟よりも長い時間を共に過ごした友人たち。灰緑色の壁の校舎と教会。小さくて暖かな母校の記憶を持っていられるのは本当に幸せなことです。


 若い時の幸せな記憶。これこそが、その後の、時には辛い色が交じる日々を明るく彩ってくれるのです。いつも、いつまでも、聖ヨゼフ学園の日々が卒業生の心を支えてくれることを願っています。


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母校は「聖ヨゼフ学園」

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              長い間のご高覧を心から感謝いたします。   河合裕子


 横浜の、私の母校は、「聖ヨゼフ学園」といいます。私はここで小学校から高等学校までの12年間を過ごしました。小学校は男子45名、女子45名。中学校からは女子のみ90名、2クラスだけの小さなカトリックの私立校です。


 親しく話した男性は、父と弟と神父様…という12年間。現役で受験した医学部は、若い男性の実物をこんなにたくさん見たのは初めてのため、見とれて(?)全敗。

 仕方なく予備校に行くようになったら、目の前の世界が爆発的に拡大!


 駿台予備校に申し込みに行った帰りの夕方、四谷駅のホームに入ってくる中央線の電車を見ながら、、「ヨゼフが“世の中”じゃなかったんだ!」と、痛切に感じました。今と違い、ネットもケータイもない時代、このカルチャーショックは同級生も皆、同じだったと思います。

  「聖ヨゼフ学園はどうあるべきか?」

 数年後には創立60年を迎えるという母校の今後について、同級生の間では、結構この話題は盛り上がります。

 「もっとガンガン勉強させて、東大合格者を増やす!」
 「カトリック女子校を前面に出して、教養あるお嬢さん学校に」

 イマドキの少子化時代、決して進学校ではないわが母校の行く末はどうなることやら。
 

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     ↑
     母校と卒業生をつなぐ、聖ヨゼフ学園同窓会誌 「ひざし」

 


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